2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧

涿鹿の野

奇門遁甲の古典には大抵『遁甲総序』が巻頭にあって、奇門遁甲の創始伝説を伝えている。太白陰経の遁甲総序は割と独特で、黄帝が昼間に符を授けるとの夢を見て盛水*1の陽*2に壇を築いて祭ると元龜*3が巨大な亀を従えて水中から出現して口中の符を置いて去り…

人体との対応

人体と十二宮の照応関係を示した図(ベリー公のいとも豪華なる時祷書より)Wikipediaからリンク黄道十二宮と人体各パーツとの対応関係をしめした綺麗な絵がある。基本的に頭から白羊宮、金牛宮と並べているわけだ。探しても綺麗な絵が見つからなかったけれど…

謎な御方

天武天皇が自ら式占を行うような御方であったとなれば、「能天文遁甲*1」で、しかも当時の新式兵器であった槍の使い手でもあった天武天皇個人に俄然興味がわいてくる。特にどのような教育を受けて育って来られたのかが気になる所だ。しかしながら天武天皇の…

天武天皇の式占

『積恋雪関扉(つもるこい ゆきの せきのと)』という歌舞伎の演目がある。筋立ては荒唐無稽のそのものといっても良いのだけれど、悪役の大友黒主*1は、作中、天を横切る黒雲を見て天下を横領するチャンスが到来したことを知る。このシーン実は、日本書紀中…

新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる

これは足柄山の麓から甲斐の酒折宮に到った日本武尊命が、東国での出来事を振り返って「新治から筑波を過ぎたが、幾夜寝たのだったかな」と詠んだものだ。これを聞いた火の番の翁は、 日々並べ、夜なら九夜、昼なら十日を と合わせている。「日数はというと…

『陰陽道』が指すもの

前回のエントリで、 陰陽五行に基づいた方術としての呼称ではなく、国家機関の名称としての『陰陽道』だったというわけだ。 について、高橋圭也さんから以下のような指摘をもらった。 まず、村山修一先生が著書で述べている「中国の陰陽道」という形のものは…

定気法二十四節季に基づく四柱推命の大運計算

啓蟄1957/03/06 05:10:09 出生1957/03/22 04:45:00 清明1957/04/05 10:18:52 以前、このはてな日記で大間違いの大運計算を披露してしまったわけだけど、落ち着いて考え直してみた。三命通会によれば1ヶ月が10年に対応している。この1ヶ月を正節から次の正節…

君たち、陰陽道ってものを誤解してるだろ

まあかく言う私も一昨年に高橋圭也さんの『陰陽講釈』の講義を聞くまでは、誤解していたのだから他人に説経できる立場ではないのだけど。中世陰陽道研究の泰斗である小坂眞二先生は、陰陽道について以下のように語っている*1。 陰陽道とは、日本の律令官制で…

そうか悪左府か

台記 先日の『指神子の占例』について、安倍泰親の答申が正式な天文奏であったのかどうか知りたくなって陰陽道家の高橋圭也さんに問い合わせてみた。すると早速の返信を頂いたのだが、高橋さんからは以下の指摘があった。 古事類苑の件の記事は『台記(たい…

指神子の占例

月による星蝕 國分秀星さんのサイトである“The Warrior of Astrology”に『陰陽道の金星』というちょっと面白いエントリがあがってた。これは久壽二年七月二十六日*1の深更*2に発生した月が金星を蝕した星蝕についてのエントリである。安倍泰親はこの蝕を占っ…

では私ならどうみる

他人様の間違いを指摘するだけではなんなので、東京近辺で東関東大震災の発生時刻から出した六壬天地盤と四課三伝をイベントチャートに読んでみることにする。前日のエントリの通り、地震のあった時刻はすでに申刻となっている。以下は既に起こった震災の、…

これはちょっと見過ごせないな

私の知っている範囲内では、皇極経世書と同じくらい長いスパンで占うことができる術に太乙神数がある。最近、ムーに、太乙神数を使って東日本大震災を読んでみたという記事が出たという話を聞いたので、ちょっと調べてみた。件の記事は今年の7月号にあった。…

最近気が付いたこと2

対人関係や交渉事であれこれ策を巡らせるのに、相手の運勢を読んでみたところで大した意味がないことに気が付いた。まずは自分の運気が問題なのだ。

最近気が付いたこと1

ふうちんさんの「東の散歩は効きます!」のエントリを読んで思ったのだけど、八方位各位に意味を持たせて、何度も使って運を積み上げて行くというのは、奇門遁甲*1メインの人間からは絶対出てこない発想だと思う。奇門遁甲は一発勝負で使うものであって、運…