2011-10-18から1日間の記事一覧

新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる

これは足柄山の麓から甲斐の酒折宮に到った日本武尊命が、東国での出来事を振り返って「新治から筑波を過ぎたが、幾夜寝たのだったかな」と詠んだものだ。これを聞いた火の番の翁は、 日々並べ、夜なら九夜、昼なら十日を と合わせている。「日数はというと…

『陰陽道』が指すもの

前回のエントリで、 陰陽五行に基づいた方術としての呼称ではなく、国家機関の名称としての『陰陽道』だったというわけだ。 について、高橋圭也さんから以下のような指摘をもらった。 まず、村山修一先生が著書で述べている「中国の陰陽道」という形のものは…