絶体絶命その後

色々教わった

この前の『絶体絶命』のエントリをあげた後に twitter で色々教わることができた。一番重要だったのが香酉幸風さんの以下のポスト。

この八遊星にはちゃんと絶体と絶命の両方がある。図の中央に坤卦があるので、原型ではない今の八遊星と比べることができる。

爻変原型現行
全爻変絶体延年
中下爻変福徳天医
上下爻変遊魂六煞
下爻変禍害禍害
上中爻変天医五鬼
中爻変絶命絶命
上爻変生家生気
不変遊年伏位

一番、異動が激しいのが現行の五鬼で原型では天医になっている。あるいはこの異動は風水用と命術用の違いなのかもしれない。
伏位つまり元と同じ八卦が原型では遊年となっているが、これが「大遊年変爻法」の名前の元となったのではないかと、香酉幸風さんは推測している

もう1つ教わったのがこの命術用の八遊星が、韓国の洪煙奇門の洪局に生気八卦として出てくるということだった*1。それで久しぶりに黒門さんのサイトを見に行った*2韓国の奇門遁甲(洪煙奇門)の洪局の説明に以下の図が出て来る。






天医が天宜となっているが他は全く同じだ。黒門さんの説明だと洪局は命術用みたいな感じなので、香酉幸風さんが教えてくれた八遊星はやはり命術用だったのかもしれない。

ま、絶体絶命が占術由来だったとしても、九星ではないことは確認できたと思う。

*1:教えてくれた人は鍵アカなので引用とかしない。

*2:破片が残ってた。

絶体絶命

切っ掛けは些細なことだった

というアルトゥルさんのポストを見て、『絶望先生』の主人公である糸色望(いとしき-のぞむ)先生についての引用ポストを投稿した後、何気なく『絶体絶命』で検索したらこれだった。






全てを知っているわけではないけど、ある程度、九星術についての智識はあると思っていたのに、絶体絶命が九星術由来というのは初耳だった。で、"九星術 絶体絶命"でググると、絶体絶命が九星術由来と書いてあるページばっかりで、どういう計算をして絶体や絶命を出すのかを書いてあるページが出て来ない。




絶体絶命 - Wikipediaコトバンクの記事を引いていたのでコトバンクもしくはコトバンクが引いた辞書が震源なのだろう。

念のために翻刻してもらってた最初の『陰陽方位便覧』で全文検索したところ、“絶体”は出て来ないし“絶命”も

協紀弁方書に曰、浮天空亡は年干絶命破軍の位

という浮天空亡についての解説文に出て来るのみだった。これは多分、沢山の Web 上の辞書が間違っていると思う。

干支本命的殺

干支を飛泊させる

『陰陽方位便覧』の本命的殺は現行の本命的殺とは異なっていて、その時の干支を飛泊させて行って自分の生年干支が回座する所を本命的殺としている。『陰陽方位便覧』の方が園田気学よりも古いので、歴史的にはこちらの方が正しい本命的殺だ。ただ園田気学が九星術のデファクトスタンダードとなっているので、干支による本命的殺を干支本命的殺とよぶことにしている。

『陰陽方位便覧』では本命に2つあるとしている。生年の九星と干支の2つだ。この干支を飛泊させるというのは園田気学では採用されてないが、おそらくは今の干支九星の源流なんだろうと考えている。

で問題になるのが干支を飛泊させることの面倒さだ。九星は 9 しかないけど干支は 60 ある。

ただここに便法がある。干支を数に直して 9 の剰余を使うという方法だ。例えば本日 2026-03-22*1の日の干支は乙未で甲子から数えて 32 番目の干支になる。これから 9 の剰余を計算すると 5 になる。この 5 の出し方は単数化で非常に簡単に計算できる。『数秘術の根っこの部分』のエントリで書いたように 9 の剰余計算と単数化は原理的に同じ計算になる。

そして私の本命干支は丁酉なので甲子から数えて 34 番目の干支で、その 9 の剰余は 7 になる。そこで図のように中宮に今日の干支から出た 5 をおいて飛泊させて行くと、兌に 7 が来る。これが今日の本命干支的殺だ。

実際、中宮に乙未を置いて干支を飛泊させて行くと、乾に丙申、兌に本命干支の丁酉が来る。飛泊は 9 のサイクルなので、この 9 の剰余を使うことができる。

*1:奇しくも私の誕生日だ。

ニ占要略

川中島古戦場史跡公園

私の風水の師匠である陳俊龍先生は方位については一周回ってる感じがあって、八宅本命卦の大遊年変爻法で方位取りをされている。私の場合だと本命卦が兌なので、上爻変の乾が生気方、中下爻変の坤が天医方ということになる。先生の場合は主に月盤を使って、五黄・二黒といった凶を避けて2、3泊されているみたいだ。今回は真似をして生気方を取ってみるつもりで善光寺に1泊旅行することにした*1。善光寺では宿坊の薬王院で1泊御願いした。朝、善光寺本堂での御朝事での御祈祷も御願いした。もちろん願いは家内安全、男が願うとしたらこれしかないだろう。御蔭で朝からガイド付きで善光寺に御参りすることができた。ただものすごく寒かった*2

善光寺に行く途中に『川中島古戦場史跡公園』があるのを見つけたので、帰路寄り道をした。江戸時代に書かれた書籍に『ニ占要略』がある。著者の加納直義は太乙神数と六壬神課を解説すると共に、最後に第4次川中島合戦について太乙神数と六壬神課を使って合戦の帰趨を読み解いている。ただ加納直義は越後贔屓だったようで、巷間言われている実質的に痛み分けとは違って越後方に有利な判定を下しているので要注意*3ということだ。

またそれとは別に、加納直義は第4次川中島合戦について今の観点から見ると疑問な点の多い江戸時代の軍記物を使って読み解いているので、ここも要注意だ。もっとも第4次川中島合戦については地元でも江戸時代の軍記物がベースになっている。例えば、大将同士の一騎打ちが発生することはそうそう無いと思うが、公園にはこういう像がある。

まんま軍記物の世界だ。

こういうことに用心しながら、翻刻してもらった『ニ占要略』を読み進めている。

*1:ちょっと事情があって今は実家に帰る以外ではあまり連泊できない。

*2:厳寒の中、1時間以上本堂にいたので身体が冷え切った。

*3:翻刻を依頼した木下先生から注意が上がっていた。

失物占

墓庫開庫

朝寝をしてリベルサス服用後の時間取り*1をしていたら、次女がやってきて失物の占いを依頼された。

探しているのは、ゲームカセットを幾つか入れたケースとのことだった。

午刻に月将が神后子ということで、天地相冲の返吟課ということになる。賊剋のある無依なので発用初伝が末伝と同じになる。そのため返吟課無依には元の木阿弥の意味があり、失物の場合は出易いと言える。

賊が一課干上神と日干との間と、四課の天地で発生している。こういう場合はまず比用を適用する。一課干上神は河魁戌で陽、四課太乙巳は陰、そして日干支は乙巳で陰なので、四課を発用初伝とする。

四課が発用初伝の状態には驀越格の名前があるけれども、これは三伝が四課から離れて行くことから来る象意を持っていると考えているので、四課から三課、三課から四課と三伝が四課から離れない場合は驀越とは見ないことにしている。

返吟課無依は三伝が冲で回っているので事態の進行は早い。同じ所をもう一度探せと言おうとか考えていたら、見つかったと思しき声が次女の部屋から聞こえてきた。見つかったかと思っていたら、ケースは見つかったけれども必要だったゲームのカセットがそのケースに入ってなかったということで、ゲームカセットが見つかるかどうか改めて占ってくれということだった。

1刻2時間を越えてないので次客とか「一人問五事」の出番になる。今のところこういう場合は次客として占うことにしている。

ただし昼夜の別を動かしたくないので、『占事略决』に従って時刻ではなく月将を動かすことにしている。月将は神后子と陽なので4つ戻って從魁酉が新たな月将となる。

十局なので、孟支は孟支、仲支は仲支、季支は季支にと孟仲季は変化しないので、四課の雰囲気は返吟課と少し似ている。同じように賊が2つあり比用を適用すると干上神が発用初伝となる。

日墓が干上に臨んで発用となるのは咎殃格日墓の凶格なので第一感は出そうもないだったけれども、少し前に富永祥玲さんと意見交換をした時に「墓神には()」の意味があると聞いたのを思い出した*2

(くら)なら増々出そうもないけど、三伝が季支で回っているので、刑冲があり開庫していると見ることができる。

それで次女には末伝の象をベースに「出難いだろうけど出るとしたら、電気絡み交通絡み青い所を探せば良い」と回答した。次女はそれを聞いて「倉庫はどうかな」と言ってきた。次女は片付けのためにトランクルームを借りていて、そこにも色々物を仮置きしている。倉庫と聞いて、それだと直感した。

それで私もそこに物を置かせてもらっていて、次の名田庄行で必要になる物を取りに行く必要があったので次女と車で出かけた。

で、ダンボールの箱を幾つも開けていって最後の箱でついにそのゲームのカセットが見つかった。「どうだ、オレの占いはすごいだろ」と偉そうにしておいた。ちなみにトランクルームの床は青い絨毯ぽいシートが敷かれていて、車での移動とほぼ末伝の象だった。乙の日なので季節の土行を尅している。なので鬼色を採ると末伝大吉丑の土行の色は青となる。また白虎は虎なので一日に千里行って千里帰ることから交通の象がある。

*1:リベルサスという薬は、朝イチで 120cc 以下の水で服用した後、最低でも30分間は飲食禁止という、普通の勤め人には面倒な薬だ。

*2:富永さんから六壬を習った後、改めて私から六壬を習って初等科を卒業した近藤さんが、財運絡みでそういう知見を得たそうだ。

年筮

今年の裏卦が出た

冬至ということで「来年何をなすべきか」と三変筮で年筮を立てた。
得たのは震二爻。奇しくも今年の年筮で得た巽の裏卦になる。重卦なので昨年に引き続き選択する一年になりそうだ。昨年の年筮では、

そして24日から実家に戻った時に風邪を引いた。風の卦を得て風邪をひいたわけで、しかも繰り返しの意味があるとなると、来年は健康に注意ということになる。

と書いたけど、健康面でさほどのことは無かった。どっちかというと風の卦で静かに評価を得てきて、講義が増えたという一年だった。

来年の震二爻、卦辞と二爻の爻辞、二爻と応じる五爻の爻辞はこんな感じだ。

震。亨。(震来虩虩。笑言啞啞)震驚百里、不喪匕鬯。
六二 震来厲。億喪貝、躋于九陵。勿逐、七日得。
六五 震往来厲。意无喪有事。
三浦 國雄(著)『易経 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典(角川ソフィア文庫)』より

三浦國雄先生は卦辞の「震来虩虩。笑言啞啞」の部分は、初爻の爻辞がコピーされて紛れ込んだものだろうと考えているのでカッコ付きになっている。爻辞からして、自分が驚かせる側ではなくて驚かされる側ということになる。基本的に驚いても落ち着いて対応すれば難を逃れられる感じだ。

二択の重卦で一、四の陽爻を外しているので悩みは多いだろう。ただ本物の初爻に近いので、悩んだら一歩もどるを繰り返せば何とかなるんじゃないだろうか。

紫微斗数だと来年は丙年なので廉貞に化忌がつく。私の命盤だと刑囚夾印の凶格が成立してしまう。場所は先天の兄弟宮、大限の奴僕宮、歳運の遷移宮になる。10年前の丙申年は兄が急死した。もっとも兄の他に兄弟はいないので、兄弟宮だと来年はコミュニケーションのハウスと捉えた方が良いと思う。なお奴僕宮だと健康も司るとことになるので健康運も要注意だ。

災いから見えなくなるように、また摩利支天尊を拝みに行くことにしよう。ただ年筮からすると大病・大怪我ではなさそうだ。