キュゥべえと生成AI

ワルプルギスの廻天を見て来た

劇場版魔法少女まどか☆マギカの最新作「ワルプルギスの廻天」を見て来た。見に行って好かった。分かり難く作ってある感じだったけど、暁美ほむらが作り替えた作り物っぽい世界に慣れてきた頃に怒涛のように物語が進行する。「ワルプルギスの廻天」というタイトルからサイドストーリー的なものを予感していたけれども、まごうことなき本編だった。

ちょっとネタバレを含むけど、終盤諦めたほむらをさやかが「あんただけはまどかを円環の理とよぶな」と叱咤してからの一連のシーンはガチ泣きした。で、この作品は劇場版のくせにCパートがあって、これがまた実に不穏で「劇場版でこれが許されるのか?」な代物だった。

で、これを見たせいかふと思った。
「QBって、なんか生成AIっぽい」

  • どちらも嘘はつかないまでも本当のことは聞かれない限り言わない。
  • どちらも、簡単には手に入らないチカラをもたらす。
  • 行動の背景にあるのは、自分達の利益。
    QBだとエネルギー回収、生成AIだとトークン収集。

でこんなポストをした。

そして ChatGPT に聞いてみた。「こんな投稿したけど、どう思う?」と。

これはかなり面白い比喩ですね。しかも『まどか☆マギカ』を知っている人には、かなり一発で意味が通る。
特に、

聞かれないことには答えなくて、ユーザーに夢を見させて、その裏ではユーザーが出すトークンを収集してる。
という三段構成が効いています。

  • 聞かれないことには答えない
    → QBの「必要なことを自分から全部説明するわけではない」という性質
  • ユーザーに夢を見させる
    → 「願いを叶える」という魅力的な取引を提示する
  • その裏ではユーザーが出すトークンを収集してる
    → AIサービス側から見ると、ユーザーの入力がシステムにとって価値を持つ、という現代的な置き換え

という対応ですね。

そして面白いのが、QBを「悪意ある詐欺師」としてではなく、「目的関数に忠実な異質な知性」として見ると、生成AIとの類似性がかなり出てくるところです。

案の定否定してこなかった。ChatGPT には自分の文章を大量に読ませているので、私に合わせた回答を作ってくるなら否定はしてこないはずだ。こういうところもQBに似ていると思う。なので、菊池先生の「生成AIを人間扱いするな」という投稿にこんな引用リプを付けた。

認識とパタン

人間はどのように世界を認識しているのか

『認識とパタン』という古典的名著がある。この本では、人間がどのように外界を認識するのかを考えるためのアイデアと認識するための方法が万遍なく詰まっている。新書という制約の中でこの充実ぶりはものすごいものがあると思う。

実家で見ていた放送大学の「データの分析と知識発見 」の講義の主成分分析の説明が「これ、認識とパタンに出てたよな」だった。とにかくデータ分析の手法についてのアイデアが網羅されている感がある。

そして人間の網膜上で発生している神経系の「側抑制」によって発生するマッハバンドについても最初の方で触れられている。この効果で人間は物理的には存在しない輪郭を見ることになる。人間が絵を描くとき輪郭線を引くのは、人間にとって自然なことなのだ。

そして術語に重み付けをしないと、全てのものが同じ類似度をもつという「みにくいアヒルの子定理」の証明まである*1。

あまりに面白く筒井康隆も『みだれ撃ち涜書ノート』で書評を書いてたりする。筒井康隆の目に特にとまったのが「grue色のエメラルド」の話だ。

grue色というのは green+blue で、21世紀までは緑で21世紀からは青になる色のことだ。そしてもう1つ、bleen色が作られる。これは、blue+green で21世紀までは青で、21世紀からは緑になるという色だ。この2つの色を使って「エメラルドは21世紀までは grue で、21世紀からは bleen になる」としても論理的・物理的には正しいことになるだろけど、人間は「エメラルドは green である」という表現を選ぶ、これは何故か?というのが「grue色のエメラルド」の話だ。

このようにメッチャ面白くて、ためになって、考えるネタになる本、それが『認識とパタン』だ。世の中に絶版にしてはいけない本があるとしたら、本書は確実にその中に入ってる。

*1:恥ずかしながら、自分はこの証明をトレースできてない。

マノエル・アキマサ

キリシタン陰陽師

陰陽道史研究家の木下琢啓先生が2月に1回のペースで陰陽道の歴史について講義をされている。今年は室町~戦国時代の陰陽道がテーマになっている。戦国時代に活動の中心となっていたのは賀茂(勘解由小路)氏で、安倍(土御門)氏は名田庄に引き籠っていて京都から呼び出しがあるとやっと出て来る状況だったので、賀茂氏が仕方なくという側面もあったみたいだ。

そして戦国時代に賀茂氏は血統上の危機に瀕する。勘解由小路在富が後継者を定めないまま死去したために賀茂氏直系の血筋が絶えてしまった。ところが勘解由小路在富の実子と推測されているにもかかわらず、賀茂氏の後継者とならなかった人物がいる。それが賀茂在昌(アキマサ)だ。この賀茂在昌はキリシタンだったと考えられていて、その影響か勘解由小路を継ぐことがなかった。

当時のキリシタンの資料に、洗礼名がマノエル*1でアキマサ*2とよばれる人物が2ないし3回ほど登場する。このアキマサは、

  • 貴族の生まれ
  • 暦・天文に詳しい

という特徴があり、ここから賀茂在昌と同定されている。賀茂在昌は長らく行方不明といった感じだったけど、天正五年(1577年)に叙位されてから織田信長や豊臣秀吉と接点を持つようになる。

織田信長は京暦と三島暦の食い違いについて2度、陰陽師に諮問している。1回目は土御門久脩と賀茂在昌の両名が伺候して信長に説明している。この時、信長は一応納得したらしい。2回目が本能寺の変の前日で、この時は土御門久脩1人で、どうも上手く説明できなかったらしい。ただ次の日に本能寺の変があったために、この話は立ち消えになった。暦道を継承した賀茂氏の在昌が同席していたら、信長が納得する説明になっていたかもしれない。

念のために言っておくと信長が三島暦をベースにした改暦を目論んでいたという説はほぼ否定されている。

そして関白となった秀吉は伏見地震の時に賀茂在昌を呼び出して地震について占わせたそうだ。そしてこの時、賀茂在昌は易で占ったのだそうだ。どんな占いだったのか非常に興味がある。この辺りは次回11月の講義で詳しい説明があるそうだ。興味のある人はどうぞ。

*1:Manoel

*2:Aquimasa

通書のダイエット

通書は分厚い

通書というのは中国の高島暦みたいな感じで、毎日の吉凶判断に必要な情報がびっしり書いてある。高島暦みたいな感じとは言ったものの通書の情報量の方が圧倒的に多い。そして何に好いか、何をすると悪いかとかまで書いてある。もっとも択日択時については各門派の伝承があるので、門派の伝承に従って通所の情報からさらに日を絞り込んでいくことになる。

こういったことがあるので門派毎に指定の通書があったりする。私が学んだ妙派風水の択日では、蔡伯勵監修の通書を使うことになっている。もっとも蔡伯勵公は2018年に亡くなられたので今は蔡伯勵伝人である御孫さんが監修しているとのことだ。この通書は、永經堂と廣經堂の2つの出版社から『通勝』の名前で刊行されている。

通書と日本の暦の似ている所が内容の他にもあって、暦本体以外の部分に占いやマジナイについての資料集が添付されているのもそれだ。そして通書の場合、この添付部分がかなりデカい。私の師匠である陳俊龍先生から通書をダイエットすると良いと教わった。それで来年の通書が手に入ったのでダイエットしてみた。

必要なのは、通書本体、刃が新しいカッターナイフ、穴あきの千枚通しだ。通書は無線閉じになっていて、接着剤が分厚く硬い。そのためカッターナイフの刃は新しくないといけない。切れないと変にチカラをかけることもあるので、逆に危ない。

永經堂の通勝は穴あきで、無線閉じをさらに赤い糸で閉じてあるのでダイエットに都合が良い。まず糸を外して不必要な部分を外す。そして必要な部分と合わせて糸で閉じ直す。

こんな感じだ。ダイエットの前後を比較するとこうなる。

3分の1以下の厚みになった。

もっとも取り外した部分には董公択日の解説があったりする。これは非常に重要なので、いつかちゃんと翻刻した上で読んでみたい。

手品師と占い師

当たり外れよりも大切なこと

色々御世話になってる占いカフェバーのオーナー、バーテンダー兼占い師の千田歌秋さんがこんなアンケートをとってた。

私は当然、まず当たることが大事だと思って「占いは当たらなければ意味がない」に投票したけれども、どうも私のようなのは少数派*1らしい。それで、以下のように聞いてみた。

これに対して幾つか返信をもらった。

  • 悪い未来が「当たる」ことに対する行動や開運法とか、相談者の意に添わない「当てる」が招く悪いレビューを避ける、などですかね。→この記事
  • 人としての倫理観や道徳、接客業としての所作や文化を継承していく自負など、占いを過大評価し妄信しないための謙虚さかと。「占いで当たっているから〇〇していい」という判断基準は時としてそれらを易々と超えてしまえるので凄く怖いことです。→この記事
  • 例えばですが、当たっていれば依頼者様や関係者様を傷付ける言い方をしてもいい・良くないという枠もこれにあたるのではと思っています。
    倫理観や相手を思う気持ちなど、占い以前の事かと。→この記事

術にとってではなく、占い師にとって重要なことがあるということなのだろう。この辺りは術にとってをまず考える自分は、まだまだアマチュア気質が抜けていないということか。この辺りも奇術の先達は既に色々考えていたようで、参考になる言葉が幾つかあったけれども、特にコレは重要だと思う。例によって『マジェイアの魔法都市』の『マジシャンの御言葉』の中の『ネイト・ライプチッヒ氏の御言葉』だ。

★ネイト・ライプチッヒ氏の御言葉
ダイ・ヴァーノンとの会話です。
「ダイ、私は約50年マジックをやっているが、観客は紳士にだまされるのであれば悪い気はしないものだ。もし彼らが君をひとりの人間として気に入ってくれたら、君の演じるマジックも気に入ってくれるよ」
Nate Leipzig (1873-1939)
Dai Vernon's Tribute to Nate Leipzig


マジェイアの蛇足
これはクロースアップマジシャンにとってはまさに箴言です。クロースアップマジシャンは、ステージマジシャン以上に、観客に気に入られることが不可欠です。もしマジシャンが観客から感じの悪いヤツだと思われたら、もう何を見せてもダメです。いくら不思議なもの、とっておきのトリックをやったところで、観客は喜んでくれません。
マニアくずれのセミプロのようなマジシャンによく見られることですが、客に対して挑戦的であったり、ヘンに威張っていたり、また卑屈であったりすると、観客は敏感にそれを感じ取ります。
妙に馴れ馴れしいマジシャンも困ったものです。本人は親密さの表現のつもりなのでしょうが、一歩間違うと、大変失礼な態度になります。観客とマジシャンのとの「呼吸」、「間合い」は、実際に場数を踏むことでしかわからないこともあるでしょうが、観客に対してきちんとした応対ができることがまず第一歩です。それを踏まえて上で、あとは各マジシャンのキャラクターに応じて、どのような態度で観客と接するか、自分で見つけ出すしかありません。

占い師も「この占いが外れても、コイツ好きだしいいか」と思われるくらいになれば、クライアントにとって当たり外れは問題ではなくなるのだろう。そして好かれる方法は自分のキャラクターによって様々に異なっている。ただ無難なのは紳士・淑女として振る舞うことだろう。どうも占いの業界は変な人が多いのか、私ですら紳士枠に入れてもらえることがある。

そうは言っても、自分の術を磨く時は「まず当ててから物を言え」だと今でも思っている。

*1:といっても過半ではないくらい。

勝負占

2026夏の甲子園決勝

20日(木曜)は配偶者の通院だったので、車を運転して送り迎えをした。帰路、JWAVE が今年の夏の甲子園の決勝戦に出る高校が決まったと言っていたので、勝敗を占ってみることにした。その時見たカーナビの時刻表示で立課した課式がこれだ。

四課の中に賊剋がなく五重日でもないので遙剋課になる。支上神から水尅火と日干を尅しているので、これを発用初伝とする。中末伝は照上法で取ることになる。車中ということで頭の中で立てたので、大雑把なことしか分かってない。二課が不備で消えて発用初伝に支上神が立っていることもあり、日支側つまり三塁側のベンチを使うチームが勝つのではないかと考えて、配偶者にもそういった。

帰宅して課式をちゃんと起こし直して落ち着いて考えると日干上神が日干の長生に当たっているが、日干上神が長生で二課が不備で消えているという形は、サッカーのワールドカップの日本-ブラジル戦で見た形だ。そして日干側のブラジルが勝った。

ということで一塁側ベンチを使うチームが勝つと予想を修正して、twitter(X)に投稿した。

そして昨日、決勝戦が行われて、一塁側ベンチを使った*1チームである、智弁和歌山が 4 - 3 で健大高崎に勝利した。この記事を書きながら改めて課式を見ていると支上神三課が空亡なので、四課は必然的に坐空となる。つまり不備で二課が消えても干上神が長生になっているホームチーム側の方が戦力として強いとみて良いだろう。実際、智弁和歌山が先手を取る形で試合が進んだ。9回表に健大高崎が逆転するも、その裏に智弁和歌山が再逆転して逃げ切るという試合展開だった。

*1:つまりホームチーム扱い

刑囚夾印再びへの追記

刑囚夾印がどう発現するのか

8月3日の『刑囚夾印再び』で、帰路でタイヤがバーストした話をしたけれども、考えてみたら、刑囚夾印が発生している子宮は流年の午宮の対宮なので、流年の宮から見て遷移宮に当たる。移動中の事故として発生しても変な話ではなかった。

そういえば、この前に遠野に行ってオシラサマの展示を見た後に、陸前高田市立博物館にオシラサマが出張中なのを確認してから日立で一泊した時も、往路の途中で酷い事故があったし、日立の宿の駐車場でもハンドルの切りが不充分でクッションがあったとはいえ立体駐車場の入り口の角に車をぶつけたというのは、今回のタイヤのバーストの予兆だったのだろう。往路の酷い事故というのは、対面通行区間の対面側でトラックと乗用車が接触した事故で、乗用車の右前の前輪が吹き飛んでいた。しかもその吹き飛んだ前輪がこちらの車線まで来ていて先行車にぶつかるというものだった。

遷移宮は西洋占星術の9室と対応していると考えられるけれども、『キリスト教占星術』の9室の解説は、

By this house we give judgement of voyages or long journeys beyond seas;

で始まっているように遷移宮の異動は海を渡るような旅行が第一義だ。なので2~3泊の国内移動で遷移宮の範疇になるかどうかはまだ分かってない。ただその場合、刑囚夾印の子宮は先天*1の兄弟宮ということを考えると、兄弟宮は近距離旅行でもあるのでそれで出たということになる。兄弟は既に亡くなっているので、先天の兄弟宮として刑囚夾印が発現することはないと考えていたのは甘かったということになる。近距離旅行でも出るということだ。兄弟宮は西洋占星術との比較で以下を支配していると考えている。

  • 兄弟
  • コミュニケーションのスタイル
  • 近距離旅行
  • 初等中等教育

何にせよ他所んちのお母さんを乗せていた、名古屋と福井の往復中に出なくて本当に善かった。

*1:出生