五音と五行その2

喉牙舌歯唇

中国の音階は四七抜きの五音階だが、人間が発する声も五分類されている。その分類は声が作られる位置を基にしている。右図は頭部を鼻梁を通って左右に分割した時の断面図になる。

まず声帯で気柱に基本的な振動を与えた後に、喉の部分で音声を作る『喉音』がある。

これは、日本語だとア行、ハ行、ンになる。次が『牙音』で、舌と咽頭の辺りで気柱を制御して作る声音で、日本語だとカ行、ガ行になる。次が軟口蓋と舌の間を通る気柱を制御して作られる声音の『舌音』だ。タ、テ、ト、ザ、ズ、ゼ、ゾ等のヘボン式ローマ字で子音が "t" や "z" になる声音だ。

次が『歯音』で、舌と歯ないし歯茎の間を通る気柱を制御することで作る声音だ。サ行、ナ行、ラ行とチ、ツ、ジ等のヘボン式ローマ字で子音が "ch"、"tz" や "j" になる声音だ。最後は『唇音』で上下の唇や唇と歯で気柱を制御することで作る声音になる。マ行、パ行、バ行、ファ行、ヴァ行の音になる。

5つあるものは五行に対応させられるが、伝統的には音楽の五音と共に以下のように対応させられている。

木火土金水
牙舌唇歯喉
角徴宮商羽

この対応関係は、以前の『五音と五行』のエントリで書いたように、河圖や五行の生成順序から来ているのだろう。

ところが、これとは全く別の五行との対応関係を記した秘伝の口訣がある*1。

辰水牙木歯為金、舌火喉土是為真。

面白いことに、これを声音の生成位置と対応させると、喉の方から前に向かって土木火金水となる。これは日月を抜いたカルディアンオーダーと一致している。多分、偶然ではないだろう。やはり音と西洋占星術になにかしら関わりのある時代があったのだろう。

*1:これを伝授して下さった陳俊龍先生にはブログで使っても良いと了解を得てある。

龍と坤卦

ネタにマヂレス

元々は「少年の裸体を描いたということは現実に少年の裸を見て描いたに違いない」というポストを支持するボストを揶揄するポストだったのに、「世界中に龍の絵があるということは世界中に龍がいたわけだ」というのに釣られてマヂレスしてしまった。

現代の龍の絵はワニからずいぶん遠いけれども、時代を遡るとワニがモデルだったのが分かってくる*1。そうしたら、こんな引用リプがついた。

ということで読み直してみた。三浦國雄先生の『易経』だと卦辞と爻辞がこう読み下されている。

坤。元いに亨る。牝馬の貞いに利あり。君子 往く攸有り、先に迷い後に主を得。
西南に利ありて朋を得、東北に朋を喪う。安の貞いには吉。
 初六 霜を履んで、堅冰至る。
 六二 方を直みること、大いに習いとならざれば、利あらざる无し。
 六三 章を含む。貞うに可し。或いは王事に従うも、成る无くして終わり有り。
 六四 囊を括る。咎も无く誉れも无し。
 六五 黄裳なり。元吉。
 上六 龍 野に戦う。其の血は玄黄。
 用六 永き貞いに利あり。

三浦 國雄. 易経 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫) (pp.35-36). 角川学芸出版. Kindle 版.

龍の生態に触れているとすると、上六の龍の血が『玄黄』が最も重要だろう。三浦先生は『玄黄』を「赤黒と黄色のマダラ」と解されている。つまり玄を赤黒いとされているわけだ。これは後に続く解説で沈括の夢渓筆談によるものとされている。ワニは脊椎動物なので、血中で酸素を運ぶ役割はヘモグロビンが担っている。だから静脈血なら実際に赤黒いだろう。黄色のマダラというのは、坤卦が大地を指している所から来ているのだろう。

ついでに言っておくと、揚子江アリゲーターは冬眠するので、それもあって初六に霜とか氷が出てきているのかもしれない。

キュゥべえと生成AI

ワルプルギスの廻天を見て来た

劇場版魔法少女まどか☆マギカの最新作「ワルプルギスの廻天」を見て来た。見に行って好かった。分かり難く作ってある感じだったけど、暁美ほむらが作り替えた作り物っぽい世界に慣れてきた頃に怒涛のように物語が進行する。「ワルプルギスの廻天」というタイトルからサイドストーリー的なものを予感していたけれども、まごうことなき本編だった。

ちょっとネタバレを含むけど、終盤諦めたほむらをさやかが「あんただけはまどかを円環の理とよぶな」と叱咤してからの一連のシーンはガチ泣きした。で、この作品は劇場版のくせにCパートがあって、これがまた実に不穏で「劇場版でこれが許されるのか?」な代物だった。

で、これを見たせいかふと思った。
「QBって、なんか生成AIっぽい」

  • どちらも嘘はつかないまでも本当のことは聞かれない限り言わない。
  • どちらも、簡単には手に入らないチカラをもたらす。
  • 行動の背景にあるのは、自分達の利益。
    QBだとエネルギー回収、生成AIだとトークン収集。

でこんなポストをした。

そして ChatGPT に聞いてみた。「こんな投稿したけど、どう思う?」と。

これはかなり面白い比喩ですね。しかも『まどか☆マギカ』を知っている人には、かなり一発で意味が通る。
特に、

聞かれないことには答えなくて、ユーザーに夢を見させて、その裏ではユーザーが出すトークンを収集してる。
という三段構成が効いています。

  • 聞かれないことには答えない
    → QBの「必要なことを自分から全部説明するわけではない」という性質
  • ユーザーに夢を見させる
    → 「願いを叶える」という魅力的な取引を提示する
  • その裏ではユーザーが出すトークンを収集してる
    → AIサービス側から見ると、ユーザーの入力がシステムにとって価値を持つ、という現代的な置き換え

という対応ですね。

そして面白いのが、QBを「悪意ある詐欺師」としてではなく、「目的関数に忠実な異質な知性」として見ると、生成AIとの類似性がかなり出てくるところです。

案の定否定してこなかった。ChatGPT には自分の文章を大量に読ませているので、私に合わせた回答を作ってくるなら否定はしてこないはずだ。こういうところもQBに似ていると思う。なので、菊池先生の「生成AIを人間扱いするな」という投稿にこんな引用リプを付けた。

認識とパタン

人間はどのように世界を認識しているのか

『認識とパタン』という古典的名著がある。この本では、人間がどのように外界を認識するのかを考えるためのアイデアと認識するための方法が万遍なく詰まっている。新書という制約の中でこの充実ぶりはものすごいものがあると思う。

実家で見ていた放送大学の「データの分析と知識発見 」の講義の主成分分析の説明が「これ、認識とパタンに出てたよな」だった。とにかくデータ分析の手法についてのアイデアが網羅されている感がある。

そして人間の網膜上で発生している神経系の「側抑制」によって発生するマッハバンドについても最初の方で触れられている。この効果で人間は物理的には存在しない輪郭を見ることになる。人間が絵を描くとき輪郭線を引くのは、人間にとって自然なことなのだ。

そして術語に重み付けをしないと、全てのものが同じ類似度をもつという「みにくいアヒルの子定理」の証明まである*1。

あまりに面白く筒井康隆も『みだれ撃ち涜書ノート』で書評を書いてたりする。筒井康隆の目に特にとまったのが「grue色のエメラルド」の話だ。

grue色というのは green+blue で、21世紀までは緑で21世紀からは青になる色のことだ。そしてもう1つ、bleen色が作られる。これは、blue+green で21世紀までは青で、21世紀からは緑になるという色だ。この2つの色を使って「エメラルドは21世紀までは grue で、21世紀からは bleen になる」としても論理的・物理的には正しいことになるだろけど、人間は「エメラルドは green である」という表現を選ぶ、これは何故か?というのが「grue色のエメラルド」の話だ。

このようにメッチャ面白くて、ためになって、考えるネタになる本、それが『認識とパタン』だ。世の中に絶版にしてはいけない本があるとしたら、本書は確実にその中に入ってる。

*1:恥ずかしながら、自分はこの証明をトレースできてない。

マノエル・アキマサ

キリシタン陰陽師

陰陽道史研究家の木下琢啓先生が2月に1回のペースで陰陽道の歴史について講義をされている。今年は室町~戦国時代の陰陽道がテーマになっている。戦国時代に活動の中心となっていたのは賀茂(勘解由小路)氏で、安倍(土御門)氏は名田庄に引き籠っていて京都から呼び出しがあるとやっと出て来る状況だったので、賀茂氏が仕方なくという側面もあったみたいだ。

そして戦国時代に賀茂氏は血統上の危機に瀕する。勘解由小路在富が後継者を定めないまま死去したために賀茂氏直系の血筋が絶えてしまった。ところが勘解由小路在富の実子と推測されているにもかかわらず、賀茂氏の後継者とならなかった人物がいる。それが賀茂在昌(アキマサ)だ。この賀茂在昌はキリシタンだったと考えられていて、その影響か勘解由小路を継ぐことがなかった。

当時のキリシタンの資料に、洗礼名がマノエル*1でアキマサ*2とよばれる人物が2ないし3回ほど登場する。このアキマサは、

  • 貴族の生まれ
  • 暦・天文に詳しい

という特徴があり、ここから賀茂在昌と同定されている。賀茂在昌は長らく行方不明といった感じだったけど、天正五年(1577年)に叙位されてから織田信長や豊臣秀吉と接点を持つようになる。

織田信長は京暦と三島暦の食い違いについて2度、陰陽師に諮問している。1回目は土御門久脩と賀茂在昌の両名が伺候して信長に説明している。この時、信長は一応納得したらしい。2回目が本能寺の変の前日で、この時は土御門久脩1人で、どうも上手く説明できなかったらしい。ただ次の日に本能寺の変があったために、この話は立ち消えになった。暦道を継承した賀茂氏の在昌が同席していたら、信長が納得する説明になっていたかもしれない。

念のために言っておくと信長が三島暦をベースにした改暦を目論んでいたという説はほぼ否定されている。

そして関白となった秀吉は伏見地震の時に賀茂在昌を呼び出して地震について占わせたそうだ。そしてこの時、賀茂在昌は易で占ったのだそうだ。どんな占いだったのか非常に興味がある。この辺りは次回11月の講義で詳しい説明があるそうだ。興味のある人はどうぞ。

*1:Manoel

*2:Aquimasa

通書のダイエット

通書は分厚い

通書というのは中国の高島暦みたいな感じで、毎日の吉凶判断に必要な情報がびっしり書いてある。高島暦みたいな感じとは言ったものの通書の情報量の方が圧倒的に多い。そして何に好いか、何をすると悪いかとかまで書いてある。もっとも択日択時については各門派の伝承があるので、門派の伝承に従って通所の情報からさらに日を絞り込んでいくことになる。

こういったことがあるので門派毎に指定の通書があったりする。私が学んだ妙派風水の択日では、蔡伯勵監修の通書を使うことになっている。もっとも蔡伯勵公は2018年に亡くなられたので今は蔡伯勵伝人である御孫さんが監修しているとのことだ。この通書は、永經堂と廣經堂の2つの出版社から『通勝』の名前で刊行されている。

通書と日本の暦の似ている所が内容の他にもあって、暦本体以外の部分に占いやマジナイについての資料集が添付されているのもそれだ。そして通書の場合、この添付部分がかなりデカい。私の師匠である陳俊龍先生から通書をダイエットすると良いと教わった。それで来年の通書が手に入ったのでダイエットしてみた。

必要なのは、通書本体、刃が新しいカッターナイフ、穴あきの千枚通しだ。通書は無線閉じになっていて、接着剤が分厚く硬い。そのためカッターナイフの刃は新しくないといけない。切れないと変にチカラをかけることもあるので、逆に危ない。

永經堂の通勝は穴あきで、無線閉じをさらに赤い糸で閉じてあるのでダイエットに都合が良い。まず糸を外して不必要な部分を外す。そして必要な部分と合わせて糸で閉じ直す。

こんな感じだ。ダイエットの前後を比較するとこうなる。

3分の1以下の厚みになった。

もっとも取り外した部分には董公択日の解説があったりする。これは非常に重要なので、いつかちゃんと翻刻した上で読んでみたい。

手品師と占い師

当たり外れよりも大切なこと

色々御世話になってる占いカフェバーのオーナー、バーテンダー兼占い師の千田歌秋さんがこんなアンケートをとってた。

私は当然、まず当たることが大事だと思って「占いは当たらなければ意味がない」に投票したけれども、どうも私のようなのは少数派*1らしい。それで、以下のように聞いてみた。

これに対して幾つか返信をもらった。

  • 悪い未来が「当たる」ことに対する行動や開運法とか、相談者の意に添わない「当てる」が招く悪いレビューを避ける、などですかね。→この記事
  • 人としての倫理観や道徳、接客業としての所作や文化を継承していく自負など、占いを過大評価し妄信しないための謙虚さかと。「占いで当たっているから〇〇していい」という判断基準は時としてそれらを易々と超えてしまえるので凄く怖いことです。→この記事
  • 例えばですが、当たっていれば依頼者様や関係者様を傷付ける言い方をしてもいい・良くないという枠もこれにあたるのではと思っています。
    倫理観や相手を思う気持ちなど、占い以前の事かと。→この記事

術にとってではなく、占い師にとって重要なことがあるということなのだろう。この辺りは術にとってをまず考える自分は、まだまだアマチュア気質が抜けていないということか。この辺りも奇術の先達は既に色々考えていたようで、参考になる言葉が幾つかあったけれども、特にコレは重要だと思う。例によって『マジェイアの魔法都市』の『マジシャンの御言葉』の中の『ネイト・ライプチッヒ氏の御言葉』だ*2。

★ネイト・ライプチッヒ氏の御言葉
ダイ・ヴァーノンとの会話です。
「ダイ、私は約50年マジックをやっているが、観客は紳士にだまされるのであれば悪い気はしないものだ。もし彼らが君をひとりの人間として気に入ってくれたら、君の演じるマジックも気に入ってくれるよ」
Nate Leipzig (1873-1939)
Dai Vernon's Tribute to Nate Leipzig


マジェイアの蛇足
これはクロースアップマジシャンにとってはまさに箴言です。クロースアップマジシャンは、ステージマジシャン以上に、観客に気に入られることが不可欠です。もしマジシャンが観客から感じの悪いヤツだと思われたら、もう何を見せてもダメです。いくら不思議なもの、とっておきのトリックをやったところで、観客は喜んでくれません。
マニアくずれのセミプロのようなマジシャンによく見られることですが、客に対して挑戦的であったり、ヘンに威張っていたり、また卑屈であったりすると、観客は敏感にそれを感じ取ります。
妙に馴れ馴れしいマジシャンも困ったものです。本人は親密さの表現のつもりなのでしょうが、一歩間違うと、大変失礼な態度になります。観客とマジシャンのとの「呼吸」、「間合い」は、実際に場数を踏むことでしかわからないこともあるでしょうが、観客に対してきちんとした応対ができることがまず第一歩です。それを踏まえて上で、あとは各マジシャンのキャラクターに応じて、どのような態度で観客と接するか、自分で見つけ出すしかありません。

占い師も「この占いが外れても、コイツ好きだしいいか」と思われるくらいになれば、クライアントにとって当たり外れは問題ではなくなるのだろう。そして好かれる方法は自分のキャラクターによって様々に異なっている。ただ無難なのは紳士・淑女として振る舞うことだろう。どうも占いの業界は変な人が多いのか、私ですら紳士枠に入れてもらえることがある。

そうは言っても、自分の術を磨く時は「まず当ててから物を言え」だと今でも思っている。

*1:といっても過半ではないくらい。

*2:どうもセキュリティの関係か、最初に『マジェイアの魔法都市』にアクセスしてからじゃないと、その下部のコンテンツに直接アクセスできないようです。