大畜の思い出

拙著出版前の話

あれは何時頃だったか、唐沢俊一さんの掲示板に、

安倍晴明占事略决は難解で誰も内容が理解できてない。

旨の投稿があった。当時既に略决が六壬の解説書であり、翻刻も幾つかなされていることを知っていたので、例えば小坂眞二先生は理解しているはずだし、自分だって理解できるだろうと考えた。

そこで前田行徳会から略决の紙焼きを取り寄せた所から私の略决の読解が始まった。紙焼きを見ての第1感が、村山修一先生の『日本陰陽道史総説』所収の占事略决翻刻はミスが多いな、だった。例えば岡野玲子さんの単行本『陰陽師』シリーズの第1巻のタイトルは昔は『騰虵』だった。これは第4版以前の『日本陰陽道史総説』で最初に出て来る騰蛇を騰虵と翻刻していたのを踏襲したものだろう。

もっとも第6版以降ではちゃんと修正されている。その辺りは、はてな日記で出会った Cask Strength(id:consigliere)さんや台湾人の浦木裕(id:kuonkizuna)さんから教わった。ついでに言っておくと浦木裕さんによる占事略决の精緻な翻刻がネットに公開されている。浦木さんは他にも日本の古典の翻刻を沢山ネットで公開している。文科省とかが買い上げてもバチは当たらんだろう。

そしてコツコツと略决の読み下しと解説を作成して行って一応の完成をみた。完成したなら、どこかで発表したくなるのは人の常で、まずは鮑黎明先生のツテで知り合った出版社の社長に持ち込んでみた。回答はニベもないもので「出版費用出せるか?」だった。

これには本当に意気消沈した。そこで思い余って「ちゃんと出版できるのか?」と易に問うてみることにして筮を執った。得卦は大畜四爻だった。
大畜は普通は良い卦であるけれども、大きく蓄えるところから、失物占だとまず出てこない卦だ。私の略决解説も世に出ることはないのかも知れないと考えて益々落ち込んだ。
そこで最後に、易で最も信頼している玄珠さんに聞いてみた。回答のキモの部分はこうだった。

後、2回は持ち込みをしてみなさい。

それもあって、次に小坂眞二先生に出版社を紹介してもらえないかと頼んで、その次に当時は金沢文庫に在籍だった永井晋先生*1に原稿を見てもらうことにした。

するとどうだろう、永井先生は一読するなり、

これ出版しませんか。

と言って下さり、岩田書院の紹介と出版に向けての加筆点等のアドバイスをして頂いた。まさに玄珠さんの解釈通りに進んだ。

大畜の主爻は上爻であり、そこに至ってやっと事が成就する、これが玄珠さんの解釈の根底にあったもので、得たのが四爻であるなら五爻、上爻と2回トライすれば事が成るというものだった。

金沢文庫からの帰りの電車で安心と達成感に包まれたことを思い出す。もっともこの後、私が原因のすったもんだが色々あって出版はかなり遅れた。私らしいし大畜らしい。そんなこんなの苦労の結集が、絶版になったとはいえ拙著『安倍晴明「占事略决」詳解』だ。

ところで、上記のように深く易を理解している玄珠さんが一占4,000円で占ってくれる。占機を求めて筮前の審事を詰めて行くその姿勢はプロフェッショナルにとっても大いに参考になると思う。

太一鋒占卜鑑定所

*1:ニフティで知り合った。占事略决の存在も永井先生に教わった。