これが本当に厳しい修行の成果か

例によって例のページには、

易学の勉強では主に真瀬中洲の説を中心に、本当に厳しい修行をつみました

とあるんだけど、とても信じられない。あるいは「本当に厳しい修行」だったにせよ、その修行はなんか間違っていたんじゃないかと思う。なぜなら、続いてこんなことが書いてあるからだ。

易経の中に、「賢者は占さず」という占いの原典でありながら占いを否定するような文言があります。でもこれは大事な点です。問題が生じたらまず理性で考えてよく判断する、その上で不明な事、不安な事があったら一度だけ占筮を立てよという戒めです。

易には偶然はありません。たった一度だけ天が人間に将来を知らせるメッセージです。濫用は慎まなければなりません。何度も立てた卦には何の信頼性もありません。占いのハシゴは禁物です。

実は易経本文には「賢者は占さず」という文言は出てこない*1。念のために雨粟莊さんの倉頡計畫で全文がUPされている易經にあたってみたが、「賢者」で始まる文言は一つも見つからなかった。倉頡計畫のような優れたものがネット上に在るというのに、誰かの言葉を鵜呑みにしたまま原文にちゃんとあたってみた気配が無い。これは学問として易を学ぶ態度からはかなり遠いといって良いだろう。

それに易経で同じことを再三占うことを咎めている文言というなら、こんな出所のハッキリしない文言よりは遙かに相応しい文言があるではないか。蒙の彖伝だ。

彖曰、蒙、山下有險。險而止蒙。蒙亨、以亨行、時中也。匪我求童蒙、童蒙求我、志應也。初筮告、以剛中也。再三涜、涜則不告、涜蒙也。蒙以養正、聖功也。

はっきり「初筮告、以剛中也。再三涜、涜則不告、涜蒙也。」と書いてある。読み下せば「初筮は告げる、剛中を以ってする也。再三するは涜る、涜るれば則ち告げず、蒙を涜す也。」あたりだろう。わざわざ解説するに及ばない文言だ。

真勢中州は確かに偉大な易者だが、真勢中州の著作をいくら読んだとしても、易経原文にまともにあたった気配もないような修行は、それがいくら厳しくてもどこか間違っていると思う。特に易を「学」として学んだというならば、だ。

2006/04/08 追記
引用した部分に引きずられて「真勢中州」を「真瀬中洲」と誤記していた。御通知下さった方ありがとうございます。直しておきました。

2006/07/05 追記
昨日までは「真瀬中洲」だったが今日見たら「真勢中州」に直っていた。もっとも嘘を書いていることには変わりがないけど。

2006/08/27 追記
久しぶりに見に行ったら「賢者は占さず」の部分もちゃんと直っていた。結構結構。ちゃんと蒙の彖伝も引いていたし、努力の跡が見て取れた。しかし原文にないことを、さも原文から読み取ったように書いてあるのはいかがなものかね。

問題が生じたらまず理性で考えてよく判断する

こんなことは蒙の彖伝には書いてないよ。

*1:内容が一致する文言も無いだろう。誰かが付けた注釈には有るかもしれないが本文には無い。