ベルトランの逆説

先験的に正しい確率なんてない

Figure 1

おれカネゴンさんが11月20日のエントリでベルトランの逆説に触れていたのに触発された。ベルトランの逆説はもう20年以上前にかなり時間をかけてジックリ考えたので、それなりに一家言のあるテーマだ。実はこのベルトランの逆説を含めたいくつかのテーマが私の思考のバックボーンとなっている。

まずベルトランの逆説(Bertrand's Paradox)について説明しておこう。これは右図にしめすような半径rの円において任意の弦を引いたときに、その長さが円に内接する正三角形の一辺(√3r)より長くなる確率を求めよという問題に対して、任意の確率モデルを採用することが可能で、その結果として任意の確率が得られるというものである。もともとの円に内接する正三角形において、その正三角形の内接円はその半径がもともとの円の半分になっている。この半径r/2の円はこの後、色々なところで出てくる。

Figure 2  Figure 3

代表的な3つの確率モデル*1について説明しておくと、1つめは上の左側の図のような確率モデルで、任意の弦であるから円の対称性を利用して直径に対して垂直な弦についてのみ考えることができ、その弦が半径r/2の円を通過する場合に弦が正三角形の一辺よりも長くなる、というものである。もともとの円の直径2rに対して小さな円の直径rで正三角形の一辺よりも長くなるから、このとき確率は1/2となる。

2つめは上の右側の図のようなモデルで、正三角形の1つの頂点に弦の一端を固定して、他端を円周上の任意の点にとるというものである。このとき正三角形において弦の一端を固定した頂点を含まない辺を通過する弦は正三角形の一辺よりも長くなる。このとき円周上の1/3の部分で正三角形の一辺よりも長くなるので、確率は1/3となる。

Figure 4

3つめは右図のように任意の直線を落として円と交わって弦ができる場合に、弦の中点が小さな円の内部にあると必ず弦の長さが正三角形の一辺よりも長くなるというもので、この場合は元々の円の面積と小さな円の面積の比で確率が求められ、1/4となる。

これら3つのモデルとも原理的な部分で否定する理由は全くない。では実際に円周上にランダムに2点をとってできる弦の長さと内接する正三角形の辺の長さを比較するやり方でモンテカルロ・シミュレーションを行うとどうなるかというと1/3になる。疑う人はBertrand' ParadoxJAVAを使ったシミュレータで気長にやってみればよい*2

この1/3となる結果は弦の両端の座標(x1,y1),(x2,y2)を極座標(r,θ1),(r,θ2)で置き換えて*3弦の長さを計算することで納得することができる。

 \large \sqrt{(x_2-x_1)^2+(y_2-y_1)^2}
\large =\sqrt{(r\cos\theta_2-r\cos\theta_1)^2+(r\sin\theta_2-r\sin\theta_1)^2}
\large =\sqrt{r^2(\cos\theta_2-\cos\theta_1)^2+r^2(\sin\theta_2-\sin\theta_1)^2}
\large =r\sqrt{(\cos^2\theta_2-2\cos\theta_2\cos\theta_1+\cos^2\theta_1)+(\sin^2\theta_2-2\sin\theta_2\sin\theta_1+\sin^2\theta_1)}
\large =r\sqrt{(\cos^2\theta_2+\sin^2\theta_2)+(\cos^2\theta_1+\sin^2\theta_1)-2(\cos\theta_2\cos\theta_1+\sin\theta_2\sin\theta_1)}
\large =r\sqrt{1+1-2\cos(\theta_2-\theta_1)}\ge\sqrt{3}r

\large 2-2\cos(\theta_2-\theta_1)\ge3
\large -1\ge2\cos(\theta_2-\theta_1)
\large -\frac{1}{2}\ge\cos(\theta_2-\theta_1)

\large \frac{2\pi}{3}\ge|\theta_2-\theta_1|\ge\frac{\pi}{3}

Figure 5

しかし原理的には任意の値をとるモデルをいくらでも作ることができる。図5はその一例で、もともとの円の中心から r+d 離れた点から直線をひいて作る弦の長さを考えてみると、弦を作る直線の固定した一端がもともとの円を見込む角と小さな円を見込む角の比で求める確率が得られることになる。ここで d を無限遠まで離せば図2の状況となるし、d を 0 にすれば図3の状況になる。したがって d を適当に選べば1/2〜1/3の間で任意の値をとる確率にすることができる。

Figure 6

もっと極端なモデルとして、図3と同じように弦の一端を正三角形の頂点の1つに固定して、対抗する一辺を含む直線上にとった点を通過する直線と円周との交点で弦を構成することにする(図6)。この場合弦の長さが正三角形の一辺よりも長くなるのは無限の長さの直線の中の有限な領域だけなので、求める確率は 0 となる。

Figure 7

逆に確率の値が 1 に限りなく近いようなモデルも存在する。図7をもっと極端にすればそうなるのは図を見ればわかるだろう。

モンテカルロ・シミュレーションの結果が1/3になるにも関わらず、何故このように多様な確率モデルが存在することができるのかはいくら考えてもわからなかった。そこで数学の師匠に教わったところ「先験的に正しい確率モデルは存在しないからだ」という答えが返ってきた。これにはかなり衝撃を受けた。

例えば図4のモデルに合わせてモンテカルロ・シミュレーションを行えば、当然のように答えは1/4となるわけで、モンテカルロ・シミュレーションにおいて弦をどのように発生させるかで全く異なる答えとなるのは当然のことだったわけだ。

しかしながら本来の「円の任意の弦」という言葉から素直に弦を発生させる場合は、図3のモデルが一番素直ではないだろうか*4。問題はこの素直さを評価する基準があるかどうかということだろう。赤池の情報量基準*5のような尺度は考えられるのだろうか?もし存在すれば森羅万象についてその素直さを評価することができるかもしれない。

*1:確率計算の考え方をとりあえずモデルと呼ぶ。

*2:大学時代に研究室の先輩が当時発売されたばかりのCASIO FX-502Pで数日かけてモンテカルロ・シミュレーションをやった結果も1/3になった。

*3:円周上の2点なのでrは一定。

*4:違うという人は何人もいるだろうけど。

*5:これもかなり恣意的な尺度なので未だに際物扱いする統計の専門家もいる。