一千八十当時制 為公削成七十二

確認されているところでは2番目に古い奇門遁甲の文献*1である「煙波釣叟賦」*2という歌訣がある。

煙波釣叟賦の最初の方に、

一千八十当時制 為公刪成七十二
逮于漢代張子房 一十八局為精芸

の二句があるが、奇門遁甲の局数が時代を経て減っていることから、意図的に伝承の質が劣化させられたという解釈があるらしい。*3

しかし現代の奇門遁甲についてみてみると、干支の総数60に対して奇門遁甲の局数が陽遁で9局、陰遁で9局と全部で18局が組み合わされるために、60×18=1080と最初に制定された数だけある。つまり数が減ったわけではないのだ。上の二句は単に作盤法が整理されたと解釈するべきだろう。

ただ「為公削成七十二」に現れる72という数がどこから出てくるかといことはちょっと判り難い。*4しかしこれも局数の出し方として72になるものがあるかということを考えれば、自然と答えは出てくる。08-21日の日記で書いたように、九宮から中宮を除いた周辺の八宮には3つの節気があり3つの節気にはそれぞれ3つの元があるので1宮に9局となる。したがって8×9=72という数が出てくる。

つまり煙波釣叟賦の上記二句では暗に、

  • 二十四節気、七十二候に従って局数を出している。
  • 時盤について述べている。
  • 一元一局を採用している。

わけだ。

*1:1番は「太白陰経」。

*2:えんぱちょうそう−ふ、と読む。ただ「煙波釣叟」は、かなり古い時代から"えんぱきんそう"と誤読されたり、さらには「煙波鈞叟」と書かれたりしたらしい。「煙波釣叟」が奇門遁甲に関わりがあって釣りをする老人であるなら、太公望姜子牙を指しているに違いない。

*3:武田考玄がそんな解釈をしていたらしい。

*4:「公」は太公望のことと解釈されている。