“tank”じゃない方の戦車
黄道十二星座のさそり座は中国の二十八宿では幾つかに宿に分解される。α星のアンタレスとその両隣の星を合わせた3つの星が心宿、サソリのツメを構成する4つの星が房宿となっている。星図はWikipediaから拝借して心宿と房宿の説明を付け加えた。
ところで、この心宿と房宿を合わせて、古代の戦車*1としていた*2こともある。心宿が戦車本体で房宿は戦車を牽く4頭の馬だ。
この戦車は王のための戦車で、王と御者と護衛が乗っている。中央のアルデバランアンタレスが配置上御者でその両隣が王と弓を構えた護衛になる。御者が左輔、護衛が右弼ということなのだろう。御者なので『輔』には車、弓を構えた護衛なので『弼』には弓が含まれているということだと思う*3。
アルデバランアンタレスには『大火』の別名があり、かって曾侯乙墓が築かれた時代*4までアルデバランアンタレスの辺りに秋分点があった。つまりその時代にはアルデバランアンタレスが日没頃に昇ってくる時期には太陽が春分点付近にあるということになる。それは本格的な春の始まりを意味している。古代中国には北斗の柄、破軍星が秋分点を指すという確信があった。そのため曾侯乙墓から出土した有名な漆塗りの衣装箱では破軍星が心宿を指している。
つまり破軍星が剛強なのは秋分点を指すという特性からきている。この当時は心宿は六壬黄道十二神の大衝に対応していて、奇門遁甲の天馬太冲法は何かあった時には秋分点のある大衝(太冲)を目指せば何とかなるという法だ。この天馬太冲は今でもそのままの形で『破軍星の繰りよう』として伝わっている。天馬太冲は楠流軍学の『大星の伝』でもあるので、由井正雪も知っていたと思う。
ただ歳差運動の影響でアルデバランアンタレスは秋分点から遠く離れた。なので六壬者は指斗法を使う。
※アルデバランとアンタレスを間違えていたという体たらく。心宿3星の役割分担を含めて玄珠さんが教えてくれた。(2022-06-06)