わかってないな

colors - 日本一中立な大人の教育マガジン”というサイトがあって、“変な占いにはご注意を...運命なんてありえない事が20年も前に証明されていた”というエントリがポストされていた。ゲーデル不完全性定理を使って『運命』が存在しないことを証明した、とするエントリだ。

ま、色々突っ込む所はあるのだけど、本題の前に笑える所を。

不完全性定理と言うものを聞いたことがあるだろうか?僕が以前に「自己啓発に使われる量子論ってどうよ?」という記事の中で、量子力学の不確実性原理について書いた事があるが、その不確実性定理の数学的証明に当たるものが不完全性定理である。

少なくとも『不確性原理』なんてものは量子力学にはない。あるとすれば『不確性原理』だ。現代の量子力学において、物理量はオペレーターとして記述される。幾つかのオペレーターの組み合わせでは、オペレーター間に非可換性がある。不確定性原理はこのオペレータの非可換性から導き出されるものだ。

一方、ゲーデルが証明した『不完全性定理』は自己言及する命題を使って証明されたもので、『不確定性原理』と『不完全性定理』の間には何の関係もないのは明らかだ。苫米地英人さんは、この二つを脳内でリンクして「神(全知全能)がいないことは数学的に証明されている」と言っているそうだ。御船文矢さんのエントリもこれにインスパイアされたものらしい。

まあ件のエントリの筆者である、御船文矢さんは『不確定性原理』と『ハイゼンベルクの不確定性の不等式』を混同して、『測定』という操作と命題における『自己言及』に関連を見出したのかもしれないが、件のエントリが2012年4月26日のポストである以上、御船文矢さんの不勉強は否めない。何故なら2012年1月16日のYOMIURI ONLINEに“量子物理学の原理崩す成果…名大など実験結果で”というニュースが流れたからだ。この記事見出しは読売の記者が不勉強だったせいで間違っていて、正しくは“ハイゼンベルクの不確定性の不等式を、より精密に拡張したとされる小澤の不等式の方が実験に合う結果が得られた”とでも言うべきものだった。

測定についての思考実験から得られた、ハイゼンベルクの不確定性の不等式は、量子力学における基本原理でも何でもなかったというわけだ。この辺りについて勉強したければ、『科学と技術の諸相』さんの所の質問集にある、“ハイゼンベルクの不確定性原理を、より精密に拡張したとされる小澤の不等式について、どうお考えですか? 小澤の不等式は、観測や誤差を正しく扱うものになっているのでしょうか?【その他】”という問いへの解答をじっくり読むと良いだろう。

話はもどって、件のエントリの著者である御船文矢さんは以下のように主張される。

この世で一番「絶対的な正しさ」に近いものを持つのはなんだろう?おそらく数学だ。数字により導き出される理論は、宇宙にも共通する理論だ。数学的に出された答えと言うものは、その他科学や物理的に証明されたもののように決して反論されることもなければ、よりすぐれた理論に取って代わられることもなく、主義主張にも善悪にも関係ないものと言えるだろう。

御船文矢さんの頭には、自然数、整数、有理数無理数を含む実数、といった数学の発展、数そのものの拡張なんてものは存在しないらしい。また次の話に関係してくるけれども、数学的に存在可能であっても、今、我々が存在している世界とは無縁なのかも知れない公理系はいくらでもある。例えば、最近、宇宙が加速膨張している事が観測結果から突き止められたけれども、加速膨張している以上、膨張−収縮を繰り返す時空を記述する公理系は適用できないわけだ。なので数学的に証明されたからといって、それが我々の世界の絶対的な真理であるかどうかは、また別の話ということになる。

さて御船文矢さんは、自己言及のパラドックスを使って、この世から偶発性が排除できない以上、運命は存在しないと結論されているわけだが、占いの第一原理は、

  • 意味のない偶然は存在しない。

だ。偶然に意味を読みとること、それこそが運命を読みとることではないだろうか。

基本的に『運命が存在するか』とか『自由意思は存在するか』とかは、公理であって定理ではなかろう。不完全性定理から、無矛盾な公理系には正しいとも間違っているとも証明できない命題が存在していることは明らかだよね。