2006-01-08から1日間の記事一覧

太乙、だれ?

天乙=湯王なら、太乙も人名に由来するのかもしれない。さて商を討って周王朝を開いたのは武王であるが、武王の名前を「発」という。もし竹内健の十二干説が正しいなら、発は十二干の末尾である。これを無理やり十干にするなら、甲を11番目として12番目は乙…

天乙と太乙

太白陰経の遁甲総序には以下の一文がある。 以血爲文、曰天乙在前、太乙在後。 黄帝受符再拜、於是設九宮、置八門、布三奇六儀、爲陰陽二遁、凡一千八百局*1。 名曰天乙遁甲式*2。 黄帝が天帝から受けた符には血で「天乙在前太乙在後」とあったことになって…

迂闊だった

最近よく中公新書の「よみがえる文字と呪術の帝国」(平勢隆郎*1)を読むのだが、迂闊にも商(殷)王朝の始祖の湯王が天乙であったことを見逃していた。湯王は貴人と呼ぶにふさわしく、天乙貴人=湯王でもあったことはまず間違いないだろう。天乙貴人の象意…