吉凶うらなひ

加藤大岳の底の知れなさ

もう今となっては古書でしか入手できないけど、井伏鱒二の短編集に『吉凶うらなひ』がある。表題作を含む4編から成る短編集で1952年に文芸春秋社から刊行された。表題作の『吉凶うらなひ』の主要な登場人物は、主人公で語り手の辻三蔵と、藤川先生と加納大剛の2人の易者だ。藤川先生は蓬髪で着物姿という易者っぽい恰好をしているのに対して、加納大剛は易者っぽくない背広姿で好対照を成している。名前からして加納大剛が加藤大岳をモデルにしていることが分かる。藤川先生は紀藤元之介がモデルらしい。

話は加藤大岳の無筮立卦のエピソードを取っ掛かりにしている。主人公の辻三蔵が恋人を妊娠させたかもしれないという状況で、金が必要になるのだけど工面のアテがつかなくて、気休めに占ってもらおうかと目についた占い師の事務所を訪れる所から話が始まる。その事務所は実は藤川先生が開いたばかりで、藤川先生とその師匠の加納大剛が、事務所開きの記念に一杯やるかということで、藤川先生が酒とグラスを買いに出た所だった。

そして加納大剛は無筮立卦で得た卦から主人公の置かれた状況をズバズバ当てて行く。作中、無筮立卦で得た卦は帰妹四爻で、これは実際のエピソードのままだ。藤川先生は終始、加納大剛を師として敬っており無筮立卦の帰妹についての解説も、意見をはさむことはあっても割と拝聴する感じだ。

作中、加納大剛の出番は藤川先生よりも少ないけど、その易の底の知れなさからくる不気味さはよく描かれていると思う。モデルになった加藤大岳の易もまた底が知れないものだった。多分、直接に加藤大岳に師事した人は不気味なものを感じていたのではないだろうか。術友の玄珠さんはこれを『デモーニッシュ』と表現している*1。まあ世の中、加藤大岳を毛嫌いしている人もいるけどね。

さて話の終盤で、主人公の恋人は妊娠してなかった感じなんだけど、主人公は恋人との反りの合わなさを感じるようになって行く。そして藤川先生が大阪に行ってしまった後に、加納大剛に恋人との今後について易を立ててもらうのだけど、その時もまた帰妹の卦が出てしまう。ただし今回は初爻。加納大剛の判断は作中ではしめされないまま話が終わる。私だったらどう判断するだろう?
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同じ卦で四爻だったのが初爻になっている。仕切り直しというのが第一感。得爻が前は外卦で今回は初爻と内卦、ボールは自分側にある。爻辞が、

初九、帰妹以娣、跛能履、征吉。

素直ではないけど婚姻の卦で、跛行しながらも履んで行くが吉なら、色々飲み込んで彼女と結婚するかな。

*1:玄珠さんによると最初にこの表現を使い始めたのは、加藤大岳の関門弟子の磯田隆一だそうだ。磯田自身は「デモニッシュ」と言っていたとのこと。2022/02/03 追記