科学が持っていた『批評性』

オームの法則

オーム(Georg Simon Ohm)によって再発見された*1オームの法則』は、電流Iと抵抗R、そして電圧Vの間に、

V=RI

というシンプルな関係が成立する、というものだ。そしてこの法則は、適切にコントロールされた実験環境で得られたデータとデータの関係を調べると、世界は案外シンプルに記述できるかもね、という主張にもなっている。オームの故郷であるドイツでは、哲学で主流だったヘーゲル学派にとって、この実験結果は『法則』とは認められないものだったそうだ。ヘーゲル学派にとっては、

そんな個別の実験結果を帰納して得られたデータの関係を『法則』とは烏滸がましい。

といったところだろうか。このように、科学はその勃興期において当時の時代精神に対して強烈な批評性を持っていた。

そして今やその批評性を持って登場した科学が社会の基礎を構築する時代となっている。そういう現代において、

科学の俎上に乗らないものはいくらでもある。例えば人の流れやそれがもたらす『金』もその一つだ。
そしてそれをコントロールできると『迷信』扱いされている『風水』は主張する。
そこで我々は風水でコントロールされた空間を用意して、風水の効果を売り上げという形で定量化した。

という実験とその結果は、現代に対する強烈な批評性を持っているだろうと私は考える。ということで、『#12 Chim↑Pomエリイの占い実験実行犯 エリマニ エリイ、凶ヲ便ト共ニ流シ、吉ヘ転ズル。』を見て、上の主張が正しいかどうか検証してみて下さい。

とまぁ『批評性』という言葉の機能だってこのように文脈に依存しているわけだ。その文脈を見いだせなかったからといって、

さらに、本展のためにChim↑Pomが試みた「キュレーション」は、より深い失望をもたらすものだった。本展の会場構成や作品配置はすべて、プロの風水師によって決められていたのである。風水によるキュレーションは、Chim↑Pomのメンバー・エリイが出演している「占い」をテーマにしたネット番組の企画の一環として行われたらしい。

この試みを、コマーシャリズムへのアイロニーだと勘違いしてはいけない。アイロニーが込められているとすれば、その矛先はコマーシャリズムではなく、批評やキュレーションという行為にこそ向けられている。風水によって批評とキュレーションを無意味化し、排除したおかげで、展覧会場の「運気」は上昇し、売上もすこぶる好調だったという(ちなみに、風水師が作品配置を決める様子も番組として放送されていたが、エンターテインメントとしても絶望的に退屈であった)。

主張する黒瀬陽平さん、現代アート作家としても批評家としても大丈夫ですか?ま、大きな御世話ってやつでしょうが。

*1:オームの法則-Wikipediaによると「1781年にヘンリー・キャヴェンディッシュが発見したが、その業績は1879年にマクスウェルが『ヘンリー・キャヴェンディシュ電気学論文集』として出版するまで未公表であった。」とのこと。