星新一著『きまぐれ体験紀行』

星新一が体験した四柱推命と鉄板神数

1985年に角川文庫から星新一の『きまぐれ体験紀行』の初版が出版されている。星新一が体験した海外旅行の紀行文を集めたもので、その中に『香港・台湾占い旅行』という一節がある。これは「文芸春秋デラックス」誌が企画した、香港と台湾で四柱推命を中心に占いを体験してみるツアーに星新一が乗っかって、その体験談を書いたものだ。

その中に香港で『鉄板神数』で占ってもらう話が出てくる。占ったのは阮雲山先生で「 鉄板神数掌紋哲学名家」を名乗っていたそうだ。星新一も鉄板神数の前に手相を見てもらっている。鉄板神数の鉄板というのは『ソロバン』のことで、阮雲山先生も星新一の生年月日時を基に、いくつか質問しながら、それへのYes/Noでソロバンを弾いて計算を進めている。星新一は飛行機の時間もあってショートカットのための質問に答えている。鉄板神数では1刻2時間を更に8分割して、そこから一編の詩を導き出して一生を占う。星新一の詩には、こんな一節があったそうだ。

敏にして学を好み 有質有文
意中に羽翼を生じ筆下に風雲を起す

SF作家の嚆矢として一時代を築いた星新一らしい文言だ。これ以外にも子供の数、性別といったことが善く当たっていたそうで、星は以下のように感想を書いている。

「まったく、あんなふしぎな気分を味わわされたのは、生まれてはじめてだ」

もっとも星新一にとって一番感銘を受けたのは台湾での、陳怡魁先生の四柱推命だったようだ。陳怡魁先生は、私にとっては老大哥 というべき鮑黎明先生の師匠筋にあたる人だ。星新一が旅行した1977年当時、陳怡魁先生は35歳くらいの青年に見えると書かれている。大石真行さんのように暦が頭に入っていたようで『きまぐれ体験紀行』にも、陳怡魁先生が生年月日時を聞いただけで万年暦も見ずに命式を算出するシーンが出てくる。そしてこんな感想だ。

まさにその通りなのだ。あまりのすばらしさに、霊感でわかったのかと聞くと、そうではない、四柱による占いだと言う。李教授でさえ使っていた例の小さな換算表らしき本を使わないところをみると、すべてが頭のなかに入っているためかもしれない。まったく、なんという頭脳の持ち主なのだろう。

まさに手放しの褒めようだ。他にも腕試しに様々な人物の生年月日時が陳怡魁先生にぶつけられているのだが、全て星新一を納得させるだけの答えが出たようだ。小松左京のデータもあって、それについてはこんな感想になっている。

ついでに、小松実の占いもたのんだ。ペンネームが左京なのであることなど、知らないはずである。かりに『日本沈没』の映画を見ていても、その作者の略歴まで知っていまい。そして、それもたちまち答を出し、私の知る限りのそれと、ほぼ一致していた。

私にとっては道は遠いが、目指すべき目標をクリアに見せてくれた紀行文だった。