物理屋の尻尾

Doppler-free polarization spectroscopy

14日に恩師であった荒田吉明先生を偲ぶ会に行って昔のことを色々思い出していたら、今日のうらない君とうれない君で大石さんが「昔の自分を掘り起こしてさらすと善いよ」みたいなことを言っていたので、思い出話をしてみることにした。

私の大学時代の研究テーマは一貫して『プラズマの分光測定』だった。学部の4年から修士まではマイクロ波で点けたアークプラズマを電極使ってジュール加熱したときの挙動と電子密度計測だった。この時は当時珍しかった多チャンネル計測器を使って1shotで線スペクトルのプロフィールを測定していた。

この当時の多チャンネル計測器はSilicon Target Diviconを使ったもので較正に結構気を使った。空間的に一様な光ということで太陽光を使って較正を試みたこともある。この辺りの仕事は以下で読むことができる。
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/9459/jwri10_01_033.pdf

博士の後半はレーザー誘起蛍光(Laser Induced Fluorecence: LIF)の測定を中心に『能動分光』ということでやっていた。当時は珍しかった、エキシマレーザーとそれを光源とする波長可変色素レーザー装置を使った。こんな最先端の装置があったのは多分に荒田先生の力によるものだった。

で、能動分光の最たるものということでDoppler-freeな測定にチャレンジすることになった。レーザーを互いに逆方向から照射して、その両方向からの光に同時に反応して放射される蛍光を測定する。両方向からの光に同時に反応するということは、両方の光にドップラーシフトがないプラズマ粒子ということになる。つまりレーザーの光軸方向については静止している粒子だけを測定することができる。

通常は温度に従った速度分布を持っているので、吸収や放射される光は熱運動による速度分布を反映したドップラー広がりを持つスペクトル線プロフィールとなり、線スペクトルの超微細構造はドップラー広がりに埋もれてしまうことが多い。それがレーザーを使った能動分光では、ドップラー広がりのない(Doppler-free)精密な測定が可能になるというわけだ。

で、測定に使う色素レーザーがエキシマレーザー励起でパルスということもあって、Doppler-free polarization spectroscopyの光学系を選択した。当時のエキシマレーザーは15nsくらいのパルス幅だったので、プラズマ中で同時に光を交差させるのにちょっと苦労した。光は1nsではたった30cmしか飛ばないのだ。なので、まずレーザーを2つに分けてそれぞれ偏光をいじくってプラズマ中央で交差させるので、光路長の差は30cm以下にしないといけないわけだ。

光学系を組んでプラズマを点けて、Doppler-freeなシグナルを観測しようとしたのだけれど、全然らしい測定ができない。理由は複数あった。一番、大きかったのがレーザー誘起蛍光の測定の延長上であったことから、シグナルの時間変化はレーザーのパルスよりは長い減衰時間を持つだろうという思い込みだった。

気がついてみれば何のことはない、Doppler-free polarization spectroscopyでは吸収と誘導放射が同時に起こっているので、レーザーのパルスと同じ時間変化をしているはずだったのだ。しかし初めてDoppler-freeなシグナルをとらえたと確信した時の、オレは間違ってなかったという安堵、ついにつかまえたという喜びは大きかった。身体が爆発しそうな、そんな感じだった。この感覚を味わうことができただけでも、他人よりは幾分幸せなんじゃないかとさえ思っている。

この辺りの実験結果は、以下にだいたいまとまってる。
https://ci.nii.ac.jp/els/contents110006486588.pdf?id=ART0008512907

さて、荒田先生は最晩年は『固体核融合』ということで、いわゆる常温核融合にのめり込んでくのだけど、常温核融合方面の研究は中性子が出たとか過剰熱が出たとかの測定が中心で核融合の有無の決めてとなるヘリウムの測定があんまりない気がしている。あったところでQ-マス(四重極質量分析器)の分解能が悪くてノイズの多い測定ばっかりのように思う。

Q-マスの替わりに放電管を付けて中にプラズマ発生させて、ヘリウムがあるならそれをレーザー誘起蛍光で観測してみればスッキリすると思うのだよね。