安倍泰茂卿の失物?占

失物というには、あまりに重大な

平家が壇ノ浦で壊滅した時に、三種の神器の一つである草薙剣安徳天皇と共に海中に没してしまう。司令官義経最大の失策だろう。そして草薙剣が回収できるかどうか占えと神祇官陰陽寮に諮問があった。陰陽寮では大蔵省に異動していた安倍泰茂卿に占わせた*1

泰茂卿は以下の占的をたてた。

寶劔未歸王府給。問、猶入海人難索捜之更不見。若納龍宮歟。將亦他州歟。如何。
(大意 未だに草薙剣が回収されていない。海に潜って必死に捜索しているが見つかってない。龍宮に納められてしまったのだろうか?それとも別の地域まで流れて行ってしまったのだろうか?どうだろう。)

泰茂卿は六壬で占って以下の課式を得ている。

占今日癸巳時加午(割註:亀卜日時)大吉臨卯為用、将勾陣。中、徴明天空。終、從魁大裳。卦遇聯茄
(大意 癸巳日午刻の占いで、大吉が卯に臨んで発用となった。天将は勾陣。中伝は徴明に天空が乗じていた。末伝は従魁に大裳が乗じていた。聯茄卦に遇った。)

この話を紹介して下さった陰陽道研究家の木下先生が国会図書館近代デジタルライブラリーから持ってきてくださった該当箇所の画像から翻刻した。もっとも元画像では六壬を知らない人の句読点がそのままで、六壬の答申の体を成してなかったので、句読点は私が打ち直した。ついでに言うと割注の書き込みも不要だと思う。

『用』一文字で発用初伝、『中』で中伝、『終』で末伝を表している。この表記は『占事略决』でも採用されている。
『聯茄卦』というのは、三伝が大吉(丑)-徴明(亥)-従魁(酉)と逆回りながらも一つ飛ばしで連なっている*2ことを表している。今なら逆間伝とよぶところだ。この間伝とか一つ飛ばしでなくそのまま連続している連珠は、縁が繋がり続けることを表していることが多い。

泰茂卿は聯茄卦を踏まえて以下のように読み解いた。

推之、不納龍宮、不移他州歟。
奉投海底從在處五町内、被覔之者必定可出來給歟。
期今日以卅五日内、及來十一月十二月明年二月節中庚辛日也。

文治三年八月廿五日大蔵少輔安倍泰茂

(大意 課式を読み解くと、龍宮に納められたのでも他の地域に流されたのでもない。海底に投げ込まれた地点から半径五町以内の場所にある。そのエリアを徹底捜索すれば見つかると考えている。出て来る時期としては35日以内、あるいは十一月の子月、十二月の丑月、遅くても来年の二月(卯月)中には出て来るだろう。庚辛の日だ。

文治三年八月廿五日 大蔵少輔安倍泰茂)

間伝で縁が切れていないこと、元首課という吉の課体であることを根拠に出ると答申したのではないだろうか。ただ35日というのは解せない。多分、『占事略决』の河魁を使った応期法を使っているのだと思うけど、天盤河魁の下は子で大衍数は9なので河魁(戌)の大衍数5と掛け合わせると45になるからだ。誤記なのかもしれない。

半径五町内というのは発用大吉(丑)の五行の生数から採ったものと考えている。応期の各月についても発用から採ったと考えられる。十一月の子月は大吉(丑)と支合だし、十二月の丑月は大吉(丑)そのもの、来年の二月の卯月は発用の地盤に当たっている。庚辛日は発用の遁干から採ったのかもしれないけれども、末伝の従魁(酉)の金行から採ったのかもしれない。

で、この占いが当たったかというと外れた。結局、捜索は打ち切りとなった。順徳天皇践祚の時に伊勢神宮から送られた神剣が草薙剣となって今に伝わっている。

で、この課式を私ならどう解釈するか、以下述べてみたい。

まずこの課式に験があるかどうかだ。失物なので物は三課か四課に出る。三課の大衝と乗じる朱雀は剣とは考えにくい。四課の大吉は神事であり勾陣は軍事に通じている。神剣である草薙剣の類神*3として有効だろう。その陰神はというと徴明(亥)であって海に通じている*4。ということで四課は海に沈んだ神剣ということになる。充分に験のある課式であって“radical”といえる*5

では出るかどうか、これは出ないと見る。失物で四課が物の時は三課が出る場所になる。三課は大衝であって脱気、これは遠くに行っている。神剣は乗じた朱雀のように軽くヒラヒラと海中を遠くに流れていったのではないだろうか。もう1点、行方不明の神剣を表す四課の陰神徴明に天空が乗じていることだ。海中にあって既に消失していると読める。結果を知っているのでズルではあるけれども、私は出ないと判断する。

ただ占ったのは指神子・安倍泰親嫡流の泰茂卿なわけで、私のような凡愚でもわかる陰神徴明に乗じた天空に着目しないはずがない。想像を逞しくすると「出ない」という占断結果を出せない状況だったのではないだろうか。今でも、占って悪いと出て、その通りになったとしても、「アイツが変な占いしたせいでケチが付いた」みたいな言われ方をすることがある。この失物占は相手が三種の神器の一つで、出ないと占って出なかった時には何を言われるかわかったもんじゃない。神祇官の占いでも、やはり出ると答申している。泰茂卿としても出れば「どんなもんだい」だし、出なくても「ヘボで済みません」で何とかなるわけで、出ると答申することにしたのではないだろうか。

余談だけど、安徳天皇草薙剣と共に消えたことで、安徳天皇竜神と化して草薙剣を持ち去ったとか、安徳天皇は八岐大蛇の化身で元々は自分のものだった天叢雲剣(=草薙剣)を取り返したのだ、とか色々言われているらしい。安徳天皇竜神と化したというのが、諸星大二郎の『海龍祭の夜』のあの怖いアントク様の元ネタなんだろうか。

*1:天文道や暦道では計算能力が要求される。安倍家は、その計算能力が買われて大蔵省やその下部機関に勤務する人材を輩出した。安倍晴明陰陽寮を卒業して大蔵省配下の主計寮に異動して権助、今なら主計次長代理くらい?、に昇進している。

*2:聯=連

*3:significator

*4:ここでセーラー戦士深水没(deep submerge)を決め技とするセーラーネプチューン海王星が、近世の西洋占星術では双魚宮(=徴明)のルーラーなのを思い出してみるのも良いだろう。

*5:泰茂卿もこの課式は使える、そう判断したはずだ。

虚空蔵求聞持法絡みでだらだらと

三奇

奇門遁甲には乙奇、丙奇、丁奇の三奇がある。それぞれ別名があって、乙奇は日奇、丙奇は月奇、丁奇は星奇ともよばれる。日月はそれぞれ1つしかないのに星は沢山ある。ひょっとすると星奇の星も特定の星の可能性があるのでは?という疑問を提起したこともある*1奇門遁甲で天盤星奇は『求智』で使用される。

密教には『虚空蔵求聞持法』があり、行が成った暁には一度見聞きしただけで完璧に記憶できるとされている。『虚空蔵求聞持法』では虚空蔵菩薩真言を100日間で100万回唱えることになっている。1日に1万回真言を唱えると聞くと、私なんかはそれだけで無理と感じるけど、ちゃんと密教を修行した御坊さんにとってはそんなに非現実的なものではないらしい。

さて、この智慧を授けて下さる虚空蔵菩薩だけど「明けの明星」がその化身で、虚空蔵菩薩には明星天子の別名があるそうだ*2。ひょっとすると星奇の星は「明けの明星」なのかもしれない。

ところで、徳島は虚空蔵求聞持法を修した弘法大師空海の生地讃岐の隣だけあって『虚空蔵求聞持法』にチャレンジする方が時々現れるらしい。行が成った方もいらっしゃると聞く。で、行が成った方が記憶力抜群になったかどうかは別にして、金銭的に裕福になることが多いらしい。どうも虚空蔵菩薩宝生如来と種字が同じで関わりがあるようだ。

宝生如来は名前の通り物質的繁栄をもたらす如来なので、種字を同じくする虚空蔵菩薩も物質的繁栄と繋がっているらしい。

*1:読書とか』のエントリの『三光について(只の思いつき)』を参照のこと。

*2:虚空蔵菩薩-Wikipedia

定義できないものを定義する

ラーメンハゲ芹沢の公理

ラーメン才遊記*1で芹沢はラーメンをこう定義している。

ここで芹沢が“フェイク”と言っているのは、ラーメン才遊記のラスボスである汐見ゆうこ*2が「ラーメンとはフェイクである」と定義したのを受けているからだ。まあそれは本題じゃない。この芹沢がラーメンに与えた定義って、人間がこれまで定義しようとして上手く行かなかった何か全般に定義を与えることに応用できるんじゃないだろうか。

科学とはデータから世界の仕組みに至ろうとする情熱そのものです。

とか、

占いとは兆しから未来を読み取ろうとする情熱そのものです。

とか、

SFとは完全なフィクションにリアリティを与えようとする情熱そのものです。

だ。上手く行っているだろうか?上手く行きそうなら、

上手く定義できない人間の知的営みには、
「〇〇とは△△しようとする情熱そのものです。」
で定義を与えることができる。

これを『ラーメンハゲ芹沢の公理』と呼ぶことにする。

*1:らーめん才遊記(11)』171頁

*2:主人公、汐見ゆとりの母で料理研究家

四課の不備

視日辰陰陽以立四課

安倍晴明著の『占事略决』では六壬天地盤の作成と四課の作成を以下のように簡潔に解説している。

常以月将加占時、視日辰陰陽以立四課*1

「常以月将加占時(常ニ月将ヲ以テ占時ニ加エル)」が六壬天地盤の作成方法で、月将(サン・サイン)を平均太陽時でしめされるハウスにおいてホールサイン・システムでハウス分割を行うことが述べられている。「視日辰陰陽以立四課(日辰ノ陰陽ヲ視テ以テ四課ヲ立ツ)」が、六壬天地盤と日干支から四課を作成する方法になっている。『日辰』は日干支を意味していて、『日』が日干であり『辰』が日支を指している。日干支それぞれの陽神と陰神を出すと、それが四課になると述べている。

陽神だが日の陽神というのは、日干を寄宮させた十二支を天地盤の地盤で探して、そこの天盤十二神を出すことで陽神となる。なので辰の陽神は地盤日支の天盤十二神ということになる。陰神は陽神を地盤に降ろした時、その天盤十二神が陰神となる。

例えば、本日29日は丁未の日で、今の時刻が20:27(JST)なので戌刻、今のサン・サインが金牛宮ということから月将は酉(従魁)となる。天地盤はこうだ。

 辰
巳 
 巳
午 
 午
未 
 未
申 
 卯
辰 
   申
酉 
 寅
卯 
 酉
戌 
 丑
寅 
 子
丑 
 亥
子 
 戌
亥 

日干丁は未に寄宮するので四課はこうなる。

辰陰神 辰陽神 日陰神 日陽神




四課 三課 二課 一課

本日丁未日は日干寄宮と日支が同じになる八専日*2なので、一課と三課、二課と四課が同じになっている。四課なので4つあるべき所がダブりのせいで2つしかない。これを不備という。この不備のパターンは他に一課と四課が同じとか、二課と三課が同じといったものがある。





四課 三課 二課 一課

とか、





四課 三課 二課 一課

といった感じだ。色々考え方があると思うけれども、陽神と陰神のダブりのときはやはり陰神が退場するべきだろう。六壬の四課は日のグループの一課二課と辰のグループの三課四課に分けられる。陽の日は日のグループが陽、辰のグループが陰となり、陰日は逆になる。不備によって二課とか四課が欠けると陰陽のバランスが崩れてしまう。

例えば例にあげた癸巳日の場合、陰日なので三課四課が陽、一課二課が陰となる。一課と四課がダブって四課が欠けると陽が1個で陰が2個となる。甲戌日の場合は陽日なので一課二課が陽、三課四課が陰となる。二課と三課がダブって二課が欠けると癸巳日と同じく陽が1個で陰が2個となる。こういう四課で色恋を占うと男が1人に女が2人*3という三角関係を考慮することになる。なのでこういった構成の四課には『無婬』とか『撫淫』といった名前が付いている。

これが八専日の場合だと陽神と陽神、陰神と陰神がそれぞれダブっているので不備にも関わらず欠けることができない。こういう場合、色恋沙汰では相互不倫を疑うことになる。

余談だけど、私が五衝日とよんでいる日干寄宮と日支が冲となる5日では、返吟課の場合に一課と四課、二課と三課が共にダブる現象が発生する。この場合、陰神が両方とも欠けてしまうので不倫の象では無くなってしまう。こんな感じの四課だ。





四課 三課 二課 一課

*1:句読点は筆者が付加した。

*2:六壬の八専日。六壬の八専日は5日しかないので占事略决では『五重日』とよんでいる。

*3:攻め受け、タチネコでも問題ないです。

方位の術

時間と空間

中国占術では時間と空間を同質なものどして扱っているのは間違いない。十二支は空間つまり方位にも使用されるし、時間にも使用される。西洋占星術でもハウスを使用するなら、観測地点を特徴付ける子午線と地平線を使用してハウス分割を行う以上、ハウスであれば時間も空間も分割しているはずということになる。


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にも関わらず西洋占星術では方位の概念が希薄だ*1と思う。移動・移転に関わる西洋占星術の技法で私のスコープに入っているのは、ロケーショナル占星術くらいしかない。

ロケーショナル占星術での基礎となる技法はリロケーション・チャートで、同じ出生時刻を使用しながらも移転先の緯度経度を使用してチャートを作成し、本来の出生図と比較しながら吉凶象意を読み解く。つまり出発点と到着点での比較を行うものの、移動そのものから発生する吉凶を扱うことはない。

以前から不思議に思っていたのだけど、昨日の『中央にいるのは人か神か』のエントリを読み返していて、ハツと思い至った。西洋では中心は神が占めているので、人がどの方向に移動するかについて意義を見いだしにくいのではないだろうか。

追記(2021/04/26)

このエントリについて、水埜明善さん(@genius_bonus)からコメントをもらった。

古典占星術にはちゃんと方位の術があったようだ。

*1:あくまで管見だが。

中央にいるのは人か神か

偶数の方が安定する

陰陽五行というけれど』のエントリに、わっとさん(id:watto)から、こんなブックマーク・コメントをもらった。

陰陽五行→十干、十二支、六曜など、東洋(中国)は偶数志向があるような。西洋は明らかに奇数志向ですが。

そうでもないと思う。C.G. Jungは錬金術師マリアの公理として以下をあげてるいる。

一は二となり、二は三となり、第三のものから第四のものとして全一なるものの生じ来るなり。

西洋では三位一体とかで3を基調とすることか多いけれども、マリアの公理では4から全てが生まれるとされている。C.G. Jungの『心理学と錬金術Ⅰ・Ⅱ*1』では4が全てを生み出す安定した数だということが繰り返されている。私見では偶奇について西洋と中国では、そんなに好みの差は無さそうに思う。一番異なっているのは中央の扱いだろう。

五行説では四方の四行に中央の土行を加えて五行としている。西洋では地水火風の四大だ。五行説の始まりはともかく今の五行の生成順序は明らかに四大の影響を受けている。

  1. 混沌から凝り固まった陰の気が分離して北に移動して水行となる。
  2. 残った部分から陽の気が分離して南に移動して火行となる。
  3. さらに残った陽の気が東に移動して風となって飛び散って木行に変化する。
  4. さらに残った陰の気が西に移動して金行に変化する。
  5. 四方から四行の余った気が中央に集まって土行となる。

木行は風を経て生まれている。どう考えても四大の影響を受けているだろう。ただ4という四方に中央を加えることで5となると不安定化するので五行は四大と異なって相生相剋が発生してくる。中国人は中央に神ではなく人もしくは王を置いた。四方を細分化して生まれた八方向に中央を加えて『九州』とする。中国ではかって世界は九州から構成されているとした。

一方、西洋では中央は神が占める位置だった。例をあげよう。中心が決まると3次元空間では前後左右上下の6方向が決まる。西洋では6は人の数で、それに中央を加えた7は神の数となる。黄道十二宮がある、これは大地を囲んでいる黄道を12区分したものだ。これに中央を加えて13とする。中央は神の位置なので人間界で13が発生すると人間の手におえなくなる。イエスに12番目の弟子ユダができてイエスと合わせて13人となった時、ユダはイエスを裏切る道を選ぶことになった。

ということで、中国では不安定化を受け入れても中央に人を置いたし、西洋では中央は神が占めるべき位置として人が触れてはならないとすることで安定性を守ったように思う。

房中術雑感

閨房での術

房中術の『房』は閨房の『房』でベッドルームのことだ。なので閨房には“ねや”の訓がある。透派では、呼吸によって天の気を取り込み、その気を練って得た丹を天丹とよんでいる。この天丹作成を強烈にブーストする方法として媾合によって相手から気を奪う房中術がある。透派では人丹とよんでいた。当然、地丹もあり大地の恵みを季節、体質によって選択して食べることで健康な身体を維持する方法だ。この天地人の三丹の呼称がどの程度一般的なものかは知らない。

管見では房中術について記載されたものは、男用で女性から気を奪う方法の解説が専らだ。しかしながら本来の房中術は相修の法だったし、そうあるべきなんじゃないかと思って以前『奇門遁甲房中術』を書いた。もっともこの『奇門遁甲房中術』を書いた真の動機は、坐向という方位を解説することだった。日本では奇門遁甲も移動の方位の術のように思われているけれども本来はそうではない。六壬奇門遁甲が接する領域にある、天三門、地四戸、私地門、天馬太冲でも『遠行』つまり移動の方位で使えるものは実は天馬太冲しかない。

ということで気がつく人は気がつくだろうということで、坐向という方位について解説してみたわけだ。坐向では人間もしくは人間集団が相対したとき主客によって坐・向どちらの方位の影響を受けるかが決まる。その点でも房中術は都合の良いテーマだった。なお方位には移動や坐向の他にも幾つかある。その辺りを解説してみたのが『一般方位論』になる*1

で、香草社から出ていた『房中術』の本では、天丹作成の最終段階で体内の気が回転しながら集中して行き丹となるのだけれども、この時、ものすごくキモチイ~ということが書いてある。最近思うだけれども、これって前立腺を直接刺激することなく前立腺の感覚を目覚めさせる方法なんじゃないだろうか。それなら直接に前立腺を刺激すればてっとり早いように思う。なんかエネマグラ使っている人には時々神秘体験する人もいるみたいだ。

*1:今はPDFのデータしかないけど。